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えありす万華鏡*
ゲーマー・イラストレーター・音楽家、時に愛国者。どれも自称だけど。万華鏡のようにクルクル変わる日々をえがきます。since2001.9.18
歴史は勝者が作る『磐井の乱』は乱だったのか
タイトルはその通り、目覚めている日本人は知っている。
GHQによってその後の歴史認識を狂わされた日本人。
でもそこから目覚めた日本人も多い。


さて、古代も勝者が歴史を作った。

古事記や日本書記はもちろん天皇側からしか歴史は書かれていない。
それは仕方ない。

風土記のほうが真実を伝える場合もある。
だけど、それも真実かどうかはわからない。


思い立ったら吉日。
前もそうやって高千穂に行ったり、吉野ヶ里に行ったりしたっけ。


九州最大の古墳がある八女の岩戸山古墳を見学してきた。
筑紫君磐井(ちくしのきみいわい)の墓だと言われている。
※つくしのきみいわい、と読むことも。



では筑紫君磐井とは誰?

日本書記では「国造」とあるが、風土記には「君」とある。
国造はいわば、県知事みたいな感じ。日本書記は天皇側から書かれているので当然「県知事が謀反おこしやがって」的に書かれているのは仕方ない。

「君」は「君」。
だから「九州王朝があったのでは?」と言われる所以。


<場所>

お茶や筍で有名なところ。
国道ぞいには、お茶の工房や、筍加工工場もある。

R3を北上すれば国道沿いから左へあがってすぐ。
九州の真ん中より少し上ぐらい。

yame.png




▼「磐井の乱」って何?


527年のできごと。
もうすぐ仏教伝来。

この頃は、こんな感じ。

nenpyo.png

仏教伝来、538年と習った。
そんな頃。

半島との往来も頻繁。
この頃を古墳時代ともいうらしいけど、もっとナイスなネーミングなかろうか。


*朝鮮半島との往来も多く、磐井は新羅と独自で貿易をしていた
*肥沃な土地で稲も実り、磐井の勢力は大きかった。

*ヤマト王権は半島の利権をめぐり、新羅を倒したかった。

*磐井に軍に加わるように指示した。

*磐井は、新羅と戦うこと、戦に兵士を出すこと、土地が荒れることなどを理由に断った。

*ヤマト王権は磐井を「天皇に逆らう反逆者」として討った。

*息子は福岡の海沿いのいわば「優良支店」を受け渡すかわりに死をまぬがれた。

*父の磐井は「日本書記」によれば、切り捨てた、風土記によれば逃げた。

*その後、磐井の血筋は絶えることなくこの地に残り、多くの装飾古墳や石製表飾などを作りつづけた。


というのがざっとしたストーリー。


▼ポイント。

当時の日本の国のあり方はどうだったのか。
すでに中央集権だったのか。
それとも、豪族がそこそこ集まったポリス国家みたいなものだったのか。

磐井はいわば「ポリス国家」でも、スパルタやアテネぐらい大きいものだったのかもしれない。

磐井が
筑紫君と称されるのは天皇のような大きな力を持っていたからなのか。
地元の人たちからすれば天皇のようにあがめる存在だったのかもしれない。
だから風土記には『君』と書かれている。



▼その磐井の墓ではなかろうか、といわれる古墳を見学。


資料館見学。

おなじみの埴輪たち。


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高貴な身分の人っぽい。
冠をかぶっている。
こういう出土品から当時の人たちの衣装も判明。

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でもね、こんな粘土細工じゃないのが埴輪さんのかわりにあった石製のもの。


この辺りの古墳には埴輪さんより、石人さんが有名。
熊本の「装飾古墳館」にもある。
石で作った人、馬などなど。
この地方の独自の石の文化。
石工さんたちが大勢いたと思われる。

たとえば、勾玉。
あれを作るのは大変らしい。
それを作る職人がいて、彼らに食べ物を作ってあげる人がいて…
と、大勢の人がそれに携わる。
それは、それだけ大きな集団があった、ということ。


ここの「石人」さん。
大きさはわたしぐらい。
こういうのがゴロゴロ出てきた。

IMG_20200319_131208.jpg

あたかも、な剣など。↓

純金のピアスもあったわ。
これは、磐井が豊かな貿易をしていたという証拠だとか。

そして、朝鮮半島には鉄が出たのでそれを求めて半島へ。
間違えたらいけないのは、今の国というくくりでみてはいけないこと。
すぐアレな人たちは「こんな時代から、日本はーーーー朝鮮をーーー」とか歴史を知らずにいうだろう。


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入り口にある磐井さんの像。
なんかぶさいく。

IMG_20200319_123551.jpg



外の広場に立つ石人さんたち。これはレプリカ。
裁判をしてるとかだって。
この時代にすでに裁判。
さすが法治国家。

IMG_20200319_133538.jpg


古墳の周りを歩く。
白の点々のところ。

上の石人さんたちは、下の地図の岩戸山古墳別区に並んでいる。
別区は祭事をしてた場所とか。
やっぱり祭事よね〜〜
おさぼりはだめだめ。

iwato.png


九州最大の古墳。

てくてく。

ちょうど、前方後円墳 の後円部分を見上げたところ。

IMG_20200319_134056.jpg


小高い山のよう。


神社もあった。

IMG_20200319_134547.jpg



てくてく。

別区では親子がサッカーしてたわ。


古代に思いを馳せて、その謎に迫り、考察をちょいとした旅だった。

行きは鹿北(かほく)の道の駅で、お弁当を買って車の中で食べた。

帰りは、八女のたちばな道の駅で夕飯のおかずや、パンを買った。

てんこもりのお花。

IMG_20200319_142456.jpg



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<余談>

そうそう、磐井さんを討ったのは
継体天皇、第26代。
この時代で26代だからすごいね。

で、この継体天皇って、いわば

旧皇族復帰みたいなもの。

25代武烈さんに、後継がいなかったので、さかのぼってまた辿ってこの人を連れてきたってわけ。
系図、みると面白い。下に載せたのでどうぞ。

応神天皇までさかのぼったのよね。
仁徳天皇の弟の血筋。

で、越前あたり(福井)を治めていた人らしいけど、

『大伴金村・物部麁鹿火などの推戴(すいたい)を受けて即位したとされる』
んですって。
大伴さんや物部さんは天皇の側近的な人たち。

そんな人たちが必死で男系男子をさがしだしてきて天皇にすえる。

すでにこの時代から男系男子を守ってるのよね。

継体天皇には武烈天皇のお姉さんを嫁がせてるから、男系男子と男系女子の結婚で最強。

tkeizu.png


この古代より男系男子を守るというルールを遵守。

では、現代もこのルールを遵守するのは当然でしょう。
古代でも理由はわかんないけど、そのルールを守るという本能。

すごいと思うわ。

※誤字脱字、加筆訂正はのちほど。








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